りせの人生

Fラン卒/年収250万/借金持ちの三重苦が起死回生を図るブログ

毒親に育てられて学んだこと3つ

私の親は毒親だと思っています。

 

小さいころの会話は

父親『勉強しなさい』

母親『勉強しなさい』

のみで、友達の話などほとんどしたことはありませんでした。

というよりも、小学校1年?2年生の頃、友達関係の悩みを母親に話したときに、

『そんな低レベルの子と付き合ってるあなたが悪いのよ、勉強しなさい』

と言われてから、

親に相談しても無駄なことに気づきました。

 

20代半ばになるまで、親と深い話をすることはありませんでしたが

家庭で別の問題が起こったきっかけで親と話す機会が多くなり、以前よりも親と和解したので、客観的に自分の家族について考えられるようになりました。

また、毒親関係の本もたくさん読み、心がとても落ち着いたので、自分なりに学んだことをまとめてみました。

 

 

毒親育ちで学んだこと① 幸せは他人に託さない、自分基準で感じる

 

私の母親の望みは、自分の子供が高学歴になりご近所さんに自慢できるような会社に入ることです。

そのため私は小3から週5で塾や習い事に行き、中学受験をさせられました。

母親の口癖は『あなたにいくらかけてると思ってるの』

これは魔法の言葉です。子供はお金を稼げないので、この言葉に本当に本当に傷ついてきました。

私が中学受験に失敗したとき、母親が発狂しながら毎日毎日泣いて過ごしているのを見て、子供ながらに幸せは他人基準ではなく、自分の基準で感じようと思いました。

 

毒親育ちで学んだこと② のんびりした人と結婚しよう

 

私はヒステリックです。

これは確実に親の影響です。

両親ともにヒステリックだったので、怒られる時は両親ともに、顔を真っ赤にして大声で怒鳴り散らし、(しかも1時間~2時間)物を投げられたりしていました。

子供のころから理不尽に怒られていたので(TVを見て笑う⇒芸能人を馬鹿にしている⇒お前みたいなのが人を馬鹿に出来る身分なのか⇒怒るという謎ループ)、

とにかくヒステリックな人間、短気な人とは付き合わないようにしました。

友達は全員のんびりした人たちばかりなので、短気なのは相変わらず治りませんが、表情に出さないようになってきました。

のんびりした人になるには生まれ変わっても無理ですが、『まぁいいか』『なんとかなる』と思えるようになったのは成長したな、と自分で感じます。

 

毒親育ちで学んだこと③ できないことはさっさとあきらめる

 

子供のころから親にパワーを吸い取られてきたからか、とにかく気力がありません

以前はその少ないパワーを使って、子供の頃のトラウマを思い出し、鬱病になったりしていましたが、

 

trincot.hatenablog.com

 

最近は鬱も回復しました。

この少ないパワーで何か大きなことを成し遂げる(ダイエットする!とか英語ペラペラになる!とか)は無理なことに気づいたので、

『100』できなくても『1』できたからいいや、自分サイコー!すげ~~~!と思うようにしました。

あきらめが肝心です。

毒親育ちは子供の頃にパワーを使い切ってるのです。その辺の正常に育ったことは訳が違うのです。

っていうか生きてるだけで凄いと思います。

 

 

ずっと、毒親に育てられたことについて

自分はなんて可哀そうなんだ

と思っていましたが、今となっては『色々学べたし、まぁいいか』と思えるようになりました。

20代でこういった事を気づけて良かったです。まだまだ人生やり直せますね。

青春時代は真っ暗な暗黒時代だったので、これから自分がやりたいことをのんびりやっていきます。